季節外れの台風がもう二つも発生し例年よりとても早く梅雨に入り、アジサイの花弁はまだ小さく緑色のままです。今また被災地にも大雨が降り自然の恐ろしさ続く年となってしまっています。
2011.3.11この国は大変な事態となりました。とても現実とは思えない光景に言葉もありません。それでも季節は巡り来てサクラもヤマフジもアカシアも花を咲かせましたが、その花々はいつもの年よりもほの白い感じに見えて死者を弔っているかのように思えました。
来るはずの明日を突然に絶たれてしまった方々、愛しんできた人を失った方々、原発で行方知れずの我が子を探す事もできない方々、幾万通りものそれ以上の多くの悲しみが生まれてしまいました。どうしたら力になれるのでしょうか。
地震発生時自宅からそんなに遠くない館山市内の蜂場がエサ切れの状態になってしまっていて給餌の作業を男性の手伝い人としていました。なんか変だなーと思い、アッ地震だと気付き、その内に治まるだろうと作業を続けていましたがずっと揺れ「大きいね、震度5位かな」と言いながら、家の中でない分そんなに恐怖は感じませんでしたが、その蜂場の竹やぶのちょっと向こうに住んでいる御主人が「ひふみさーん、大丈夫ですか?」と心配して声を掛けて下さって、「大丈夫です、ありがとうございます」と答えましたが「町ン中は大変な事になってるそうです」と言われ、すごく家の方が心配になり、携帯電話を何回かけても繋がらず、帰った方が早いねと急ぎ帰り、幸い、さほど人も物も被害はなく安心しましたが、停電で信号は止まり、ウチの下にある踏切の遮断機は降りっぱなしで交通渋滞となり、近くのショッピング
センターのお客さま達がたくさん当方の前の八幡宮に避難してきて何時間も夕方の寒い風の中でした。
地震そのものの被害はなかったものの、計画停電などその他色々の影響でだいぶ仕事が乱れ今までにない大変な春を過ごす事となってしまい、仕事以外何にもする余裕のない日々でしたが、振り返り大震災の前と後の出来事を記します。
まだ世の中がバレンタインデーやホワイトデーに浮かれている平和な日本であった頃の2月16日東京・有楽町のニッポン放送のスタジオでラジオ番組の収録をしました。
野菜を使ったスイーツを作る方として有名なパティシエでいらっしゃる柿沢安耶(かきさわあや)さんがパーソナリティーを務める「ザ・ボイス・オブ・ファーマー」という毎週金曜日夜8時からの番組の<ハチミツ>の回の放送分のゲストでした。
収録時間までニッポン放送内のカフェでお茶を飲みながら、「学生の頃よく試験勉強しなくてはいけないのに勉強もせずオールナイトニッポン聴いてました」とか「ラジオって映像がない分頭に入ってきますね」「そうなんです」とニッポン放送の方とお話しし、いよいよ金魚鉢とよく言われるスタジオへ。先ず柿沢さんと名刺交換し「こんど”野菜すし“を始めたんです」とナントおしゃれな六本木ヒルズにオープンされ、ウーン行ってみたい。柿沢さんノリにノッてますね。
収録は瞬く間に終わり、あまり何を言ったか覚えてませんが、収録中天から私に降って来た言葉は<魔法の滴(しずく)>。「ハチミツって魔法の滴のようですね、とっても甘くて美味しいんだけれども体にいいって素晴らしいと思うんです」と。
養蜂やハチミツの基本的なお話をしてハチミツの試食コーナーもあり私の持参した物を色々食べて頂きました。
収録日前日もしっかり私は山仕事をこなし、番組で紹介するハチミツを使った試食品を夜中に作っていました。頭の中で「チャンチャンカ・チャカチャカ・チャンチャンチャーン」とお料理番組のテーマソングが鳴り、しょうが・カボチャ・人参・ゆずの皮などをトントン・トコトンまな板に音を響かせて切ったりしていると、ちょっと女子としての喜びが・・・・・・・。
ワインを温めてハチミツを入れシナモンスティックでかき混ぜる“ホットワイン”も紹介したいなぁーと、試飲として「お酒はぬるめの燗がいい~」と八代亜紀さんの名曲を歌いながら一杯目を飲み、「ウィスキーがお好きでしょう~」とSAYURIさんの歌を歌いながら二杯めを飲みつつ、刻んだ材料をハチミツたっぷりでコトコト煮込み(キッチンドリンカーか?)そんなこんなであまり眠る時間もなくなり、朝、ビンに詰めた試食品をリュックに入れいざ収録へ。揺れる高速バスの中でメイクをし、なんだか変な顔のショボショボした目のまま。スタジオではそんな私の前に超美人パッチリおメメの柿沢安耶さんが、なんとお綺麗なんでしょう、ベジタリアンとお聞きしました。ステキな野菜スイーツを作られる方はとても美しい方でした。収録終了後ウチのホームページに載せる写真に入ってもらえますか?とお願いすると、まわりの方々はチョットという空気感でしたが「いいですよー」とニコニコ小走りに来て下さいました、美しい方はやっぱり心も美しい!
その試食で柿沢さんにもスタッフの皆さんにもすっごく好評だったのは・・・・・
★バニラアイスクリーム+プレーンヨグルト+びわハチミツのデザート
★しょうがをスライスしてハチミツに漬け込んだ”しょうがハチミツ漬け”.(そのエキスを
ドリンクにしたり、しょうがを食べたり).
・・・・・・でした。アイスクリームの美味しい季節ですし、“新しょうが”も出回りはじめましたのでどうぞお試しあれ、超簡単“暑さ乗り切りメニュウ!”
放送日は3/4(金)でしたので翌週だったら地震で放送されなかったでしょう。ニッポン放送のスタッフの方々・電通の方々・千葉県庁の方大変有難うございました。
2月19日(土)東京・千代田区にある“都市センターホテル”に於いて<生き物文化誌学会>の「アジアにおけるミツバチとヒトの文化誌」と題される会に出席しました。
千葉県養蜂協会からは早坂会長と私の二人の参加でした。ナント秋篠宮殿下が隣の隣の机の斜め前の席に普通に座ってらしてビックリ!
生き物文化誌学会副会長・小田氏の講演とタイからみえられたチュラロンコン大学とメージョー大学の教授であられるシリワット ウォンシリ教授の講演があり、五千年前にエジプトで始まった養蜂や、日本やその他アジアでの養蜂の歴史や人との関わりなど、東洋ミツバチ中心のお話でした。TBSテレビの屋上でもミツバチを飼い始めるというお話もありました。
会の後半“質疑応答”の場面では秋篠宮殿下も積極的に手を挙げ質問され、生き物に造詣深い真摯なお姿でした。
続いての交流会の立食パーティーの席は参加者同士名刺交換のやりとりが多く、私は畏れ多くも秋篠宮様に名刺をお渡しし、その時の凄く短い会話をご紹介しますと・・・・・
「千葉県で養蜂をやっているものでございます、宜しくお願い致します」何か話題がと・・・・
「コスタリカに行ってらしたんですか?コスタリカは良い所ですか?」
「はい、世界中の全種の5パーセントの生き物がいます」と穏やかにお話しくださり、あまりお話しても失礼かと、天皇陛下のお具合が心配な時期でしたので、
「陛下のお元気お祈りしております」
「ありがとうございます」と短く終わりました。その後、母の好きな皇室番組で紀子様とのコスタリカ御訪問の御様子拝見いたしました。殿下がミツバチにも関心を持って下さっているのは有り難い事です。感謝・感激!
家を出る時名刺が少な目だったので「イケメン順に渡してくるね」と言った私なのでした。
<いのちドラマチック>の福岡伸一先生もいらして「拝見しました第一回目がミツバチでしたよね、ベストセラーの御本も読ませて頂きました、アメリカでのお話おもしろかったです」と解ったような解らないような事を言い、映像のままのお優しい先生とも遭遇。
3月8日(火)NHK教育テレビEテレの朝の番組<シャキーン>の天才的なあやめちゃんを
師匠と仰ぎ(ナゼに?)よく視ていますが<ミツバチの日>と放送していて嬉しく拝見。
蜂と猫のぬいぐるみが合体したという、“調子に乗るのが玉にキズ”の憎めないキャラクターの“ネコッパチ“君が早口言葉「みっつの積み木でミツバチダッチ」を連呼していました。
最近のシャキーンでは<幸せって何?>のコーナーで、小学校低学年とおぼしき男の子が、「生きてるって事」とズッキーンと核心をつくような事を言い、続けて「おいしい物がたべられるから」と答え、ウーン私と同じねと思ったのでした。
毎朝「今日も一日シャキーン!」と言ってもらって元気をもらっています。
以前当養蜂園で収録したガチャピンちゃんが採蜜するシーンが放送されていた<ポンキッキ
ーズ>もとてもおもしろいです。色々勉強になります子供番組。
そのNHK教育テレビEテレの小学生向け理科番組のロケが当養蜂園の蜂場であり、1回目のロケはミツバチ化している私にはきつい、まだサムーイ頃のサムーイ早朝でした。(温度によって昆虫の動きがどうなのかを考えさせる番組のようでして)
小学4年生向けの「ふしぎがいっぱい」の出演者ひとみちゃん役の吉田仁美さんは、寒さで私など鼻水たれてくるは顔は強張るはの状況の中、太陽のように明るく元気で、真夜中に館山に着いたそうですがイヤな顔一つ見せずとびっきり感じの良いスバラシーお嬢さんでした。略して“スバガール”若きプロフェッショナル!これは頂戴したひとみちゃんが歌っているTVアニメ「そらのおとしもの」のオープニングソングのCDです。
あまりに寒い悪天候の為、3/9に再度ロケがあり、<王様と私>のミュージカルに出演されているひとみちゃんはその日急ぎ東京に帰りましたが、スタッフの皆さんはまだ残り当養蜂場と鴨川の千枚田(せんまいだ)で何日かロケとの事でした。そして地震に遭ってしまいました。
地震当日私もNHKスタッフさんの事が心配で困ってるんではないかと「うちの古い家に泊まれるし、食糧もありますから」と伝えたかったのですが携帯電話は繋がらず、結局翌日電話頂きアクアラインが通れないので丘まわりで帰りますとの事、「兎に角みなさん無事でよかったです、何かあったらウチに来て下さい、気を付けて」と帰路の無事を祈りました。
その「ふしぎがいっぱい」の3年生向けの番組にもウチのミツバチが登場し、三国連太郎さんのような渋いステキなカメラマンさんがじっくり粘り強く撮影されていた映像は、お花の細部のアップやミツバチが顔を花粉だらけにして一生懸命花粉ダンゴを足に付けていく様子がとても美しく感動的でした。しかし何だか命がけのロケになりスタッフの皆様大変お疲れ様でした。
その次の取材は千葉テレビ<熱血BO-SOTV>という番組でリポーターは安田大サーカスのクロちゃんで3/26(土)と3/27(日)に放送されました。菜の花満開の当養蜂場での採蜜の様子と、父と母のローヤルゼリー採取方法開発秘話や、びわハチミツなど紹介して頂きました。地方テレビですので視られた方は少ないかもしれませんが菜の花がとてもキレイで、「クロちゃん“晴れ男”なんじゃない」と私が言ったほど雨っぽい予報が明るい春の日差しの晴天となりました。
クロちゃんはさすが松竹の芸人さん、とても優しい真面目な好青年。お笑い系の方はとっても真面目な方が多いですね。収録中蜂場の地主さんの幼い娘さんが見学にいらしたんですが、そのお嬢ちゃんがクロちゃんに、手のひらいっぱいのドングリをあげたら、目線を同じくしてしゃがんで優しく受け答えしてくれていました。4/26(火)のNHK<仕事ハッケン伝>によると保育士を目指し短大で学んでいたそう、なるほど納得です。
蜂場から当店に移動し「クロちゃんすごく優しいんだよ」とお店の人たちに言うと、「照れるじゃないですかー」とのワントーン高い声のクロちゃんでした。ワワワァー!
その番組で紹介しきれなかったのは、米粉のパンに粒マスタードとびわハチミツを塗り、ローストビーフとレタスを挟んだサンドウィッチ、スタッフさんにも大好評の美味でした、これも超簡単美味しいレシピです、お試しあれ!
4月に入り、以前ブログで紹介した“日本のステキ女子”建築家のY子先生がお店にブラッと寄って下さいました。いつもスッピンでラフなスタイルの若々しい全然変わらない先生です。
山仕事忙しく私がお店に居るのは2.・.3ヶ月に1回位ですがご縁のある方にはそんな時によ
くお会いするので不思議です。アフリカに行ってらしたそうで「いないいないばー」しているような可愛いパッケージのショコラ菓子と地元の道端で売っていたというピーナツをお土産にくださいました。
そのクーデターで学校建設が中断したままの<ギニアビサオ>というアフリカの国に行っていたそうで、また学校建設がはじまるそうです。「じゃあまたアフリカに行かれるんですか?」とおききすると、8月後半に行きJICAの職員さんと滞在されるそう。
そこで私は「そうだ京都行こう」みたいに「そうだアフリカ行こう」と思ってしまったのでした。
そこからY子先生に矢継ぎ早に質問し、パリかリスボンからその国に入るとか、小さい国なので日本に大使館がなく、ビザはパリかリスボンで取るとか、予防注射は日本で黄熱病だけするなど色々と具体的情報ゲットしすっかり行く気満々!
現地はポルトガル語だそうで、そうだポルトガル語の達人の友人マダムがいるので一緒に行ってもらおう、隣のセネガルがとっても良い所だそうでバカンスも楽しめるかもと思いは巡り、このところの法事とお仕事だらけの生活からしばし脱出だー!お盆の行事サッサカ頑張って済ませて行かなくちゃ。
<アフリカ学校建設・現場見学ツアー参加者募集中!!!>
4月10日(日)大震災からあと1日で1ヶ月という日、NHK教育テレビで放送されたアーカイブス「宮沢賢治・東北の魂」という番組は感動でした。
1992「イーハトーブ幻想曲 宮沢賢治 音楽への旅」という過去に放送された番組と岩手県在住の作家高橋克彦さんのお話でした。
詩人・童話作家であり音楽家でもあった賢治が歌を作り歌を通し「本当の芸術は働く汗の中
から生まれる事」を伝えようとし、また大地の大事さ郷里の美しさを教え、郷土を愛する事を生徒に教えたそう。
また、高橋さんは「優しさが心の中に芽生え定着するとその人間は頑張って生きていける事を宮沢賢治はわかっていたのではないか」と話されていました。優しいススキが倒れないように優しさは強さより強いのだそう。
宮沢賢治の“思い”が生き続ける岩手も東北も日本中「夏ノ暑サニモマケヌ」で頑張っていきましょう!
桜井洋子アナウンサーのお喉が心配でした。当方の少しの取材の為に養蜂の本を1冊読んで来て下さった素晴らしい方です。
大震災からずっと日本中に重苦しく長く感じる胸つまるような日々でしたがとても華やぐ心にしてくれたのは4/29のイギリスのロイヤルウェディングでした。
キャサリン妃のその美しさを引き立てるシンプルなウェディングドレスと、手にする私の大好きな生のスズランのお花に少しジャスミンの入った清楚で小ぶりのとってもラブリーなブーケに何だか胸キュン!そしてとても絵になるキスシーンにもウットリ。また憧れのステキな笑顔の方を見つけました。(生まれ変わったらキャサリンという名前になりたい私ガチョーン!です)
4月30日(土)最後に東北に帰る蜂屋さんを見送りました。
その秋田県に帰る蜂達を積む14トンの大きなトラックの運転手さんはナント岩手県釜石で津波に遭ったそうで、14トンのトラックは流され自分は逃げられて避難所で一晩過ごしたそうです。その運転手のお兄さんの話によると、避難所は映像に映るより悲惨な所で、食べる物もなく寒いけど寝るだけは寝られたそうですが、ここには書けないような生々しいお話に更に被災された方が気の毒に思いました。
幸い当方の知り合いの東北の蜂屋さん達は皆さん海岸線より山の方の方々で被災は免れましたが、停電が続いたりガソリンが買えなかったり東北自動車道が通れなかったりで困っていました。が、福島県の海岸線は割と暖かいようでそこに越冬に来ていた蜂は流されたり放射線のお蔭で置き去りにされたりで、たぶん全滅かもしれません。
無事に東北に帰られた蜂達がんばって働こう!
年末から年頭は豊作だった枇杷蜜を絞り、そうこうする内に今年は寒かったものの晴天が続き菜の花も沢山咲いてくれて、いつもの年であれば春の忙しさが一段落したら、その採蜜をしますが、今年は計画停電などで、これはただならぬ事でまた何か起こるかもしれないし先が読めない、と、不安がよぎり、一気に採蜜作業をし超人的なめまぐるしい忙しさになってしまい私はヨレヨレしてしまいました。(本格的に採蜜作業する時は8枚蜜巣を入れ電動で回る大きな遠心分離機を使います。)
そのせいもあり蜂達の世話がワンテンポ遅れ、生命力溢れる蜂達に王台(おうだい)を沢山作られ、だいぶ分蜂(ぶんぽう)されてしまい、私の中のギネスブックが大幅に塗り替えられました。プチ反省!、
5月に入ってから、いつか崖崩れした崖10メートル位上の杉の木に2つ分蜂していて、私はスパイダーマンならぬスパイダーウーマンのように崖をよじ登り、1回目は上手く登れたのですが2回目に登る時半分登った所からズーと滑り落ち持っていた巣箱が落ちた私の腰骨を直撃し、「ウーこんな時に骨折なんぞしてられない」と、カラスにカァーカァーと笑われながら2・3分うずくまり、3回目はすんごく慎重に時間をかけ登ったのでした。ロスタイム3分。
とても迷惑な早くなんとかしてほしい原発問題。当方では菜の花はちみつ・枇杷はちみつ共に、食品環境検査協会・横浜事業所に検査を依頼し、ヨウ素セシウム共不検出でしたので証明書を出して頂きました。ご安心ください。
ちなみに最近ちょくちょく来る館山市観光協会からの館山の海水も検査結果のFAXによると、不検出だそうです、どうぞ安心して館山の海にいらしてください!
いつもの越春よりさらに大変だった多忙さでバッテリーのあがってしまった私の車に色々チャージして(自分にも)ピッカピカに磨き(自分も)横浜や鎌倉辺りまでドライブしたかったけれどもう6月になってしまいます、また秋田に行かなくては。
東北の蜂屋さんたちの話によると地震で東北自動車道はボコボコでスピード出せないそうですが<中央フリーウェイ>を歌いながらゆっくり行きましょう。
ボン・ボヤージュと一年の船出を祈ったのにボン・クラージュだらけの日本になってしまいましたし、節電モードでなんだか不景気な弱気モードだけど、昨夏一二三投手の活躍した夏の甲子園は早朝からのゲームで開催されるそうでとっても楽しみです。この春のセンバツで感動した選手宣誓の言葉のように「生かされている命に感謝して」せいいっぱい日本の皆様がんばっていきましょう!
悲しみの心に灯りをともせる“魔法のしずく”をさがしながら………….
~年下の男の子~と歌ってくれたあったかステキ笑顔の美しき人、「天国で被災された方のお役に立ちたい」との美しい御心のまま召されました、お姿は見られなくなっても皆の心の中に………..無念の多くの多くの魂にただただ合掌